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2018年 06月 17日 ( 1 )

6月18日から27日まで中軽井沢駅と複合施設「くつかけテラス」で追分写遊会の写真展が始まります。(昭和31年まで沓掛駅という名称でした)
今回の出品作です。場所が中軽井沢駅と言うこともあり、かつてのアプト式鉄道の遺構の写真を出品致しました。

明治26年に僅か1年9ヶ月という工期で完成したアプト式鉄道は横川から軽井沢への急斜面を登り切りました。SLで始まった碓氷線は事故が多発したため、本格的な電化が急がれ、国産アプト式電気機関車ED24型1号車は横川の鉄道文化村に大事に保存されています。
ED24は昭和9年から昭和38年のEF63による新線開通まで碓氷峠を上り下りしていました。
私も夜行列車で横川駅に着きED42を連結するところを見に行った記憶があります。
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旧丸山変電所です。緑の中にひっそりと廃墟として残っています。
レンガ作りの貫禄在る建物です。
明治45年当時の最先端技術を集めて電化され新線開通まで使用されました。

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明治政府の国策として僅か1年9ヶ月という突貫工事として行われた碓氷線建設は多くの犠牲者を出しています。正確な数は分かりませんが建設のための犠牲者は500余名と言われています。

運用が始まっても、トンネル内での窒息事故、熊ノ平の土砂崩壊による50余名の犠牲、暴走事故による犠牲など横川から軽井沢への道は多くの犠牲者を飲み込んでいます。
レンガ作りの第三橋梁、通称めがね橋の夜景です。天の川が橋の上にかかり、沢山の星たちはこの犠牲者の魂のように感じました。

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「軽井沢への道・鉄路の記憶」という3点の写真を出品させて頂きました。

函館、小樽、横浜、東京駅、富岡製糸所、碓氷線、など明治がレンガに支えられたことが良く分かります。

2018-6-17


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by sinanohamahoroba | 2018-06-17 08:00 | 信濃追分の生活 | Comments(4)

サラリーマンを卒業、その後自営業を営み、それも息子に譲って大好きな信州とさいたま市を行ったり来たりの生活です。そんな生活を写真で綴ります。


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